「マーメイドスキャンダラス」を聴いて、おとぎ話の「人魚姫」を連想する人はきっと多いだろう。
"12時時計塔の下 新しいワンピースで"
"雨のせいでたどり着いてしまった 無機質なおとぎ話の結末は"
"そっと抜け出したパーティーも 大好きだったあの映画も"
では、この「クローバー」という楽曲を聴いて、とあるおとぎ話を連想する人はどれくらいいるのだろうか?
もし連想できたするのならば、おそらく答えはあまり変わらないだろう。
そう、あの灰を被ったお姫さまのお話を。
一瞬だけのパーティーの煌めきも、運命に導かれるような再会も…UNISON SQUARE GARDENというロックバンドの存在にリンクする部分が大きいように感じる。
ただ、マーメイドスキャンダラスのように密接なリンクやインスパイアを感じるといえば、答えはノーとなってしまうのかもしれない。
今記事の共作者であるてるるさんは、マーメイドスキャンダラスを人魚姫とは異なるが、非常に近しいテイストのおとぎ話を見ているかのようだと上記のブログで形容していた。
では、クローバーはどうだろうか?
いわば、創作の外である"第四の壁"を超えず、読み手としてそのストーリーをのぞいているのが前者であるとして。
クローバーはもっと身近な…近しい目線を覗くことができる曲であるように感じる。
"君がここにいないことで あなたがここにいないことで まわってしまう地球なら別にいらないんだけどな"
あえて、"君"と"あなた"と別の二人称を使っている歌詞。
君はきっと目の前の誰かを指しているような近い目線を感じるが、あなたは別のテイストであるようにも捉えられた。
例えば、過去の愛おしい記憶だったり、未来の希望に思いを馳せたり…同じ相手だとしても、どこか時間軸が異なるような違いも感じられたように思う。
君に近しい存在の軽やかさを感じるとしたならば、あなたは一聴では語れないような大切な強い気持ちがあるのではないだろうか。
そんな現在とその前後が交わる歌詞たち。
そして、そんな世界はいらないとはっきり宣えてしまうような意志の固さ。
どこか破滅的かもしれないが、それでも揺るぎない思いを感じざるを得ない純粋な思いは決して客観的な立場では吐けない言の葉であるのだろう。
その後に続く歌詞たちも…
"未来のパズルに続いてる"
"また会おうって言ったフローリア"
花の女神が未来への希望を紡ぐことで、その関係性が決して崩れることなく、これからも続くことが示されているようにも捉えられる。
気づけばその思いに感情移入してしまう…歌い手や作り手とリンクしてしまうような胸に灯る熱い何かを感じてしまう。
自分自身が曲の世界観の入り込こんでいくような…そんな没入感を味わっているのかもしれない。
"雨のせいでたどり着いてしまった 無機質なおとぎ話の結末は"
"今日になれば誰も覚えてないよ"
"ただひとつだけ気になることがあるんだが"
その結末はシンデレラのようにハッピーエンドなのか?
それだと、ある意味で無機質な結末になるのだろうか?
だとすれば、この曲もはっきりとおとぎ話とリンクしているのかもしれない。
文字通り…定型文すぎて誰の記憶にも残らないのかもしれないが。
そんなある種の諦めに近い感情も歌声からは感じられるが、それでも何かを伝えたい…そんな希望を醸し出す展開から最後の主旋律に繋がっていく。
何か諦めきれないような強い強いメロディに乗せられて。
そうして、1番のサビを繰り返した後に、最後にとある一節が加えられていた。
"「好きだよ」って言ったフローリア"
それは、大仰なおとぎ話ではあまり味わえないようなストレートな思いの結晶である。
きっとパズルみたいにバラバラで、完成系はまだ見えないのが現在であろう。
宝石みたいな煌めきも砕けていてはまだ価値を感じられないのかもしれない。
では、その結末は杓子定規な内容になるのだろうか?
答えはおそらくノーだと思う。
女神が愛の言葉を唄うのならば。
それは誰も見たことのない未来に繋がっているのだろう。
まやかしではない、生きる価値のある世界が待っているはずだ。
幸せな気持ちで"あなた"を見つめる。
そんな確かな未来が僕にはハッキリ見えた。
SPECIAL THANKS!:てるるさん